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勘兵衛からの報を受け、こんな騒ぎのさなかに怪しい行動を取った存在を追う役を担ってくれたのは。いつぞや別の野盗集団“おろち”を捕縛した際に、助っ人として現れてくれたことからの縁がある弦造殿であり。久蔵もこうまでの段取りになっているとは聞かされていなかったものだから、ついつい飛びついてしまったらしい。………ほんに困った“刷り込み”であることよ。(笑)
「急な話を持ちかけてしもうて、重ね重ね申し訳ない。」
そちらの都合だってあったろうに、しかも電信を使ってというぞんざいな依頼だったという、非礼のダブル・ブッキング。そこへ加えて、紅いべべ着た金毛のお猫様による乱暴狼藉、お行儀の悪い振る舞いとあって、これはいくら何でもと頭を下げての詫言を告げた勘兵衛へ、
【 なに、こちらも目をつけておった故買屋を捕まえられたのだ。大助かりじゃよ。】
お気になさるなと、鋼のゴーグルの下、品よく整った口許をほころばせる壮年殿。彼は彼で、いつぞやの仕事で生きたままの捕縛は叶わなかった年老いた刀匠の、少々いびつなクセを持つ彼の遺作を追うという方針の下で、賞金首を追うお仕事をこなしておられたらしくって。そちらの方向への伝手に縁みが深くなってたその余波で、刀剣類の流通には明るい身。自分の女が世話になっている集落が一大事だってのに、怪しい包みを抱えて駆け出した男。そやつへの尾行により確証を得た先、盗品を捌く故買屋だった豪商を、人心惑わし誘拐を企てた一味の者として現行犯で検挙出来たのは彼にとっても重畳の結果だったそうで。そこで、そんな捕り物の、言ってみりゃ行き掛けの駄賃だとばかり。それを持ち込んだからこそという“立役者”にあたる双刀、証拠物件になぞさせぬと速攻で奪い返しての届けてくれて。こちらの乱闘の場へ間に合わせてくれたのだったが、
【 …速攻では持って来ぬ方がよかったかの?】
「いや、貴公のお気遣いはそれは尊きことであったのだが。」
先の章の終盤辺り。馴染みの得物が戻ったその途端に勢いづいてしまったらしい久蔵であり、お陰様で相手方の被害が尋常ではなかったとか。その元凶にして大暴れを演じたものの、今はすっかり落ち着いて。その姿が誰かさんに似ておるものがやはり気になるか、しょうがない壮年だなぁと手づから髪油を施してやった弦造殿の、その肩口へ頭をことりと乗っけての懐いておるのを、よしよしと撫でてもらっている紅衣の若衆。彼のやらかした…成敗以上かも知れない暴れっぷりが齎した惨状をどう繕ったものかと、壮年二人が路傍の塚石に腰掛けの、膝突き合わせて検討中だったりし。相手も極悪な野盗一味には違いなく、襲って皆殺しにした村や売り飛ばすためにと攫った娘たちやの恨みを思えば相応の罰とも言えようと、念願の大盗賊の幹部格を捕獲できた結果に、彼らのそんな合議を伺う州廻りの役人たちは、そうと運べと言わんばかりで否やの声もないようだったし。
「言っておくが、そういつまでもこれで済むとは思うなよ? 久蔵。」
またの無体が続くようならば、今度こそシチに言って本気で説教させるから肝に銘じるのだぞと締めくくった勘兵衛様だったが。結局は人任せですか、壮年殿。(苦笑) …まま、それが一番効果がありそうなんだから、仕方がないっちゃないのだけれど。
「では。村へと戻ろうか。」
星影も清かに灯る天穹を見上げて、ああもう未明になろうかのと、そこは元軍人、時計代わりに星で時を読み、
【 早よう戻って誤解を解かねばならぬしの。】
豪商の屋敷の家捜しとは別の部隊を預かっての、いかにも勇ましい捕り方の一団を率いて訪のうた弦造へ。新手の土地神様のお使いかと腰を抜かしかけた長老様だったそうで。そんなに恐ろしい見かけかのうと、鋼のなで肩に羽織った濃紺の作務衣の肩口、ひょいとすくめた機巧体の壮年殿であり。
【 だがまあ、別の客人が訪のうたらしかったので。】
こたびの一連の騒動の真相やそれへの詮議の内容などなど、事細かに告げるのは、それこそ連れの役人へ任せての飛び出して来て。いちはやくと辿り着いたは勘兵衛と打ち合わせていた、先程立っていた場末の木立。そこで、双刀を渡したそのまま、凱旋を待っていた彼だったから、
「客人?」
【 ああ。お尋ねしたいことがあるのですがと、長老の屋敷へ声をかけた男衆があったらしい。】
選りにも選ってこんな騒がしい宵にとは、何とも間の悪い行き合わせがあったもの。ともすれば怪しい人物だったのかも知れないが、そうかどうかも見極めずに飛び出して来た弦造殿としては、
【 なに、村には役人の一団がそのまま居ったしの。】
合図があってから突入して来いという段取りになっていたのでと、待機していた捕り方の一団。もしもその誰ぞが野盗らの仲間や眷属、怪しい存在であったとしても、こちらの武装集団の勢揃いを見れば、恐れをなして逃げ出すか怪しい奴めと捕らえられるか。どっちへ転んでも大事はないとは、すっかり安んじているらしき弦造殿の言いようであり。確かにその通りではあろうと、こちらも警戒はせずの…それでもお侍様は足はこびも俊敏なので。たかたかとあっと言う間に集落が見えるところまで、戻り着いたるお三方。いざという時には堅く閉ざして、村への侵入者を防ぐという、守りを固めるための頑丈そうな大門の傍ら、ちんまり縮んだ長老様と、それからもう一人。誰ぞが立っていてこちらを望んでおいで。明かりを兼ねての篝火を明々と焚いている、高足つきの鉄籠の中にて躍る炎が、上背のあるその誰かのお顔を照らしているが。風に遊ばれ、大人しくはしていない陰影の隈取りが却って、こちらからはそのお顔、見えにくくもしているようで。
「あれが、その客人とやらかの?」
【 ああ。着ているものが垢抜けているだろう?】」
一番近い集落から来たにしても結構な距離を歩いたはずというほどの辺境。そこへとさしたる装備もなく、それどころか…都会で今 流行りの、小紋の衿の片方へ金糸で花紋を縫い取った羽織を粋に着こなした姿のまんま、こんな田舎へひょこり訪れたということは。原動機のついた乗り物を駆ったかあるいは、先程の連中の身内、そこいらへ身を伏せていた者が素知らぬ顔で様子見にと来たものか。野盗は既に一網打尽にしたのだし、長老殿と並んでの同席しているあたり、身分の証明も果たしていることと思われて。
【 さて、我らをああしてお迎えということは、役人や捕り方と関わりのある御仁であったのかの?】
中央からの増援かの? だが、そんな手筈の覚えはないがと、やはり怪訝そうにしている弦造殿の傍らから、
「…っ。」
強いて言えば、あっというよな、小さなお声が立ってのそれから。向こうからもこちらを見極めてのことか、
「お久し振りですね、久蔵殿。」
ああこれは。この声は間違いのないことと、勘兵衛がたまらずに…口許へ拳を添えての苦笑する。さあおいでとゆるやかに広げられた双腕めがけ、さっき弦造殿へ飛びついたときの比ではない素早さで、地を蹴っての駆け出した金髪痩躯の若侍。その姿が一瞬風の中へと溶けて消えたのを、たまたますれ違った捕り方の青年たちが目を剥いての目撃した次の瞬間にはもう、ずっと先の、大門のところに現れていた彼であり。
「シチっ!!」
いつもならば、冷たいほどに品よくお澄まししての人を見下ろすようなその素振りや、あるいは我儘な態を“猫のよう”と称される彼なのが。今ばかりは、仔犬のような無邪気さで、他愛なくもぱふりと相手の懐ろへ飛び込んでおり。そのまま…もしもあればその尻尾を千切れんばかりに振っているのが見えそうな勢いで、大好き大好きとの連呼をしかねぬノリのまま、ぎゅむとしがみついての大層な甘えっぷり。それをまた、人目も憚らずに いい子いい子と思い切り抱きしめてやっている相手も相手であり、
【 あれが、噂の。】
「…ああ。」
噂って、一体どこで誰が噂しているんだろうかと。後になって勘兵衛も“おやぁ?”と小首を傾げたらしかったが、それはともかく。あれほどまでの冷酷非道な大暴れをした死神様が、打って変わっての幼子に戻ってしまったほどに霊験(?)あらたかな、久蔵が大好きなおっ母様の登場であり。
「どういうことだ、七郎次。」
これはさすがに想定外。いくら腕っ節への信頼はあったとて、今やある意味で立派な“商人”として、多くの人を抱えて大店を切り盛りしている身の彼を、こんな修羅場までわざわざ呼んだ覚えは勿論ないし、また、用向きがあるので伺いますとの連絡を受けてもいない。よほどの事情があってのことかと、少々険しいお顔になっての問いただせば、
「お久しゅうございます、勘兵衛様。」
にっこりと微笑っての、まずはご挨拶を向けてくる悠長な彼であり。しかも、
「これは、初めまして。もしやして、あなたは…弦造殿ではありませぬか?」
【 ああ、お初にお目にかかる。】
「ヘイさんからお噂はかねがね伺っておりました。あ、わたしは七郎次と申します。」
【 おお、やはりそなたが。
この身の雛型でおわすとは、こちらのお二方から訊いておったが、
これはまた、とんでもない美形でおわすことよ。】
「いやですよう、もう随分と薹(とう)も立っておりますのに。」
やはり悠長なご挨拶のやり取りが始まってしまい、
「七郎次。」
「あああ、はいはい。えっとですね。」
陰に籠もっての低いお声を上げなさる御主へ、わたしだとて、好きでこんなお忙しいところへ傍若無人なお邪魔をした訳ではありませぬと、ますますのこと眉を下げての見せたれば、
「………。」
無言のままなれど…またもやの豹変。母上への非道無体は許さぬとの想いを込めての、ギロリ見上げてくる氷のような鋭い眼差しがあったりしで。み、みんな、一旦落ち着こうよ、ね? ね?
「あ、あのぉ〜。」
長老様も、何が何やらと眸を回しておいでだし、ね?(苦笑)
◇
先に虹雅渓へと立ち寄ってから、そうそう、もう二カ月は経っておったかの。そうですよ、カンナがまた、久蔵様はまだおいでにならぬのか、とと様電信で訊いてくださいと毎日のように急かすこと急かすこと、と。例によって、長老様に用意して頂いた空き家の囲炉裏端。間に合わせの有明なぞ傍らに寄せてもらっての仄かに明るい中、お夜食まで運んで頂き、さてとようよう腰を落ち着けた一堂の中、一番のいきなりな登場をしてござった七郎次に残りのお三人の目が向いたのもまま詮無いこととて、
「アタシが此処へ運びましたのは、綾磨呂公からたってのお願いと拝まれてのことなんですよ。」
用意されてあった茶器に手を伸べると、運ばれてあった湯を使い、相変わらずの手際のよさにて、それは丁寧にお茶を淹れての皆様へとそれを供しつつ、七郎次はそうと口を割り、
「綾磨呂公からの?」
「さいです。」
久蔵殿はちょっと待っててくださいねと、その手のひらの中で、丸ぁるい茶器をゆったりと回し、息をふうふうと吹きかけての冷ましてやるところまで、まるでつい今朝も同じことして差し上げたその続きと言わんばかりの手慣れた様子であったので、
【 これは、また…。】
弦造殿が“平八殿から訊いていた通りだの”と、こそり呟いたのへこそ、勘兵衛様が吹き出しそうになったのは…まま余談だったりするのですが。(苦笑)
「いえね、此処での騒ぎと関わりのある捕り物が、西の○○の郷でもあったとか。」
【 ああ、確かに。】
そこの豪商のところまでを、久蔵の双刀を追っての一往復、行って帰って来た弦造が大きく頷けば、
「その豪商、実は綾磨呂公とも取引があったらしくて。」
「…おや。」
あの荒野のただ中に開けた交易の街・虹雅渓の頂点、差配の座へと、後ろ盾も武力もなくの裸一貫、一代で上り詰めたというやり手の商人。本人も、多少の嘘や駆け引きは商いには不可欠な要素、これを制してこそという商戦では情け容赦なく振る舞えなくては、ひとかどの財は築けぬ…というような、少々後ろ暗いところも多々ある身だと自分で口にしていたほどの豪気な人物でもあり、
「と言っても、表の商売でのつながりではなく、趣味の投機目的、美術骨董の類を集める時の取引でということだそうですが。」
よって、こたびの捕り物や何や、正規の商いへの余波は心配してはいないながら、
「買わされたあれやこれやが怪しい盗品だとしたら、それらは没収されるのだろか。いやさ、贋作だったらどうしてくれようかと、ややこしいことを案じておられましてね。」
彼もまた呆れたのだろう、肩をすくめての苦笑をし、
「自分が好事家ならいざ知らず、それで商いをしているのなら、盗品をいつまでも手元に置いとく馬鹿はいないから、贋作を売ったってこたあないと思いますよと言ってやったんですけれどもね。」
これへは久蔵もこくこくと頷いて見せ、
「刀剣の類は当人が集めていたそうだから判らぬが。」
「いえ。綾磨呂が買わされたのは、絵画と骨董ばかりだそうですよ。」
だったらやはり贋作ではあり得ぬと、飲みごろになったお茶を手渡されたそのまま、ねえと眼差しを交わし合っての頷き合う、なかなかに麗しい母子であり、(こらこら、誰が母子だ・苦笑)
「だってのに、言質のない言いようだと取り合ってくれない。その上で、蛍屋での顔合わせや取引もあったのだから、そんな縁を頼らせてくれと、何だかもう目茶苦茶な言いようで。」
それでも渋っていたところが、最後の切り札、
「今晩の仕儀、公にしていたはずはないのでしょう?」
「…あ。」
話が此処まで進んでから、そんな指摘へ勘兵衛までもが意表を突かれての愕然とする。そうだ、こたびのこの仕掛け、相手もこちらもお互いに、それぞれなりの内密にと運んでいたはずなのに。
「こんなに情報が早いその上、さすが内容の充実っぷりも凄まじい。島田殿が一枚咬んでおるらしいとまで言われましてはね。」
お二方がいるところへなら、まあ…運んでもいいかなと、腰を上げちゃった次第でしてねと。苦笑をこぼした七郎次には成程、罪も科もないことであり、
「恐ろしい奴よの、綾磨呂公。」
次世代を制覇するは情報を制したもの…とは、少しでもマクロな物の見方の出来る者なら誰もが思う、間近な未来の予想図で。となると、今のところはあの綾磨呂公が、ダントツで次世代の覇者候補だということなのかしらと、
「〜〜〜。」
一部、複雑そうなお顔になっての、噛みしめた皆様だったりしたのだけれど。
「とはいっても、いつもいつも当たる訳でもないようですがね。」
あっさりとすっぱ抜いたのもまた七郎次で。考えてもご覧なさい、こんな大掛かりな捕り物がかかるほど怪しい奴と取引しちゃったこと自体、迂闊だった証拠じゃないですか。
「その結果、そんな迂闊が露見しては困るからって。直に取引帳簿を浚って欲しいなんてことを、アタシに頭を下げたほどですよ?」
と言うに及んで、
「…あ。」
「そういや、そうだの。」
言われてみればと、再び感心しているようでは、
“こちらの方々も、案外と可愛らしいったらvv”
生き馬の目を抜くとまで言われるのが今時の商いの戦いであり。騙されて書かされた証文をかざされて、じわじわと迫り来る刃に為すすべなき人たちを救うのもまた、一筋縄では行かぬと聞くほどだから。ともすれば実際に刃物を振り回すそれよりも、老獪で狡猾でむごたらしいそれであり。
“そんなものへは、関わらなくて済むに越したこたないんですよ。”
そのかあいらしい方々の筆頭、相変わらずに懐ろへとくっついての ごろごろ・ぐるると仔猫のように愛らしくも懐いて下さる、金のカナリアさんの綿毛を撫でてあげながら、ああもしもそんな種類の剣戟にこの方々が襲われたなら、アタシがしっかと護って差し上げねばと、こそり決意を固めたおっ母様だったようでございます。………いや、いくら何でもそんなまでの危機へは、策士の誉れも高い勘兵衛タヌキ様も頑張って勘を働かせての、避けて通るとは思いますが。(苦笑)
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